セクハラによる解雇がなぜ認められたのか

令和3年10月28日/横浜地方裁判所(令和1年(ワ)3033号)

どのような事件ですか

事案の概要

  • 医療法人の職員(事務次長)であった原告が、カウセリングなどを担当する複数の女性職員に対して身体に触り、性的な発言をするなどのセクハラ行為を行ったことを理由として解雇された。
  • 事務次長は、解雇が無効として、解雇された日から判決確定の日までに本来貰えていたであろう賃金(月額84万円)、賞与(年2回分計140万円)の支払い(年間1,148万円相当額)を求めた。

裁判の結果

棄却(原告の請求を認めない)

何について争われたのですか

原告(事務次長)の主張

セクハラとなる言動はしていない

  • 「いい女になれ」等の発言は、適切でないとしても、主に酒席でされたものであり、職員としての適格性を欠くまでのものではない。
  • 「あなたは色も白いし、細い」等の発言は、性行為や交際を勧誘するものではない。
    プライベートに踏み込む発言は、日常会話の延長でされたものであり、強い不快感や嫌悪感を抱かせるものではない。
    好意を示す発言は、業務上の指導における一つの表現方法としてのものであり、さほど大きな性的不快感を抱かせるものではない。
  • 身体的接触をした事実はない。
    仮に接触をしたとしても、被告が主張する各行為は、強制わいせつに至るものではなく、頬、手、肩、背中等を触れる程度のものであり、性的関心や性的意図に基づいてしたものではなく、部位や態様により不快感等の程度が異なるところ、不快感が比較的大きいと考えられるものについても、性的羞恥心を著しく害するものではない。
    職員との距離が近くなったのは、日常業務上の言動によるものであり、性的な不快感をそれほど生じさせるものではない。
  • 出張の職員が宿泊先のホテルでチェックインをする際に同行した行為については、宿泊先は手配をした原告に知られており、原告は、衆目のある中で同行し、部屋まで同行したものではないから、職員が不愉快に感じたとしても強い恐怖心を抱くものではない。
  • 職員の社宅となる居室において家電製品を設置し、ベッドメイキングをした行為は、未使用の居室について行ったものであり、直ちに性的な不快感を生じさせるものとはいえない。
  • 原告(事務次長)の自宅に女性職員を招き入れる行為は、社宅の備品を渡すという業務上の目的で行ったものであり、恐怖心を与えるものではない。

セクハラについて上司から注意や指導をされたことはない

  • 女性職員がセクハラを訴えた後も、解雇されるまでに法人の代表者がセクハラに関する注意喚起の措置を行ったり規律を設けることはなかった。

解雇されるにあたって、弁明の機会を十分に与えられなかった

  • 法人の代表者と上司の事務長が、突然、原告(事務次長)が勤務していた診療所を訪問し、目的を明らかにせず、職員からの訴えを読み上げてヒアリングを開始したが、セクハラについて事実確認を受けていることを自覚しないまま応答せざるを得なかった。
  • そのため、反論を十分に行えず、記憶と相違していても真実を認める発言をしており、ヒアリングにおける発言は原告(事務次長)の認識や記憶が正確に反映されたものではない。

裁判所の判断

セクハラとなる言動が常態的に行われていた

 裁判所は、原告の事務次長の以下のような行為についてセクハラを常態的に行っていたと判断し、職場環境を著しく害していることから解雇事由にあたるとした。

  • バーにて、女性職員に対し、「自分に自信がないの? なんで? 色も白いし、細いし、胸も普通にあるし80点くらいだと思うよ。うちに来ている患者さんと比べたら全然いいスタイルしてるでしょ。自信もっていいよ。」等と述べた。
  • 女性職員を食事に誘った上、「俺が抱きたいと思うような女になれ。」「入ったときよりはいい女になっていると思うよ。」「1か月でも俺と一緒に住むとかできたら変わると思うんだよね。まぁ、色々問題になっちゃうからできないけどね。」等と述べた。(※この類の発言はこの時に限らず、複数回あったとのことである。)
  • 女性職員に対し、「みんな入職した時より断然いい女になっているよ。●●さんもいい女だったでしょ?●●ちゃんも入職した時よりいい女になってるよ。自分でも思うでしょ? 俺はみんなにここに入っていい女になって欲しいと思っているんだ。」等と述べた。
  • 退職したチーフ職員の送別会にて、女性職員に対し、「僕は●●さん(退職した職員)をすごく好きだった。好きはセックスをしたいという意味ではないよ。」と述べた上、「僕が初めてセックスしたのは▲歳だったんだよ。男はすぐにセックスをしたくなるから。」等と自身の性体験を語る等し、さらに、「カウンセリングは相手を好きだと思って話せ。僕も●●さんのことを口説くつもりで今話しているんだ。」と述べた。
  • 職員が貧血で体調が悪い時に、「しんどいの? 生理?」と尋ねることが複数回あった。
  • 「彼氏はどう?」「結婚は?」等と診療の合間に、女性職員に対しプライベートに踏み込んだ発言を行うことが多々あった。
  • 女性職員に対し、「頑張ってね」と声を掛けながら、片手で頬に触れるという行為が2回あった。
  • 女性職員に対し、カウンセリングに入る心構えの例えとして、「マハラジャのお立ち台に立って踊れって言われたら踊れる? 1回みんなで行きたいよね。●●さんがお立ち台に立ってる姿見たいよね。お立ち台立って踊れるくらいじゃないとカウンセリングはできない。」等と述べた。また、同じ頃、「例えばみんなでドライブに行って、すごくいいお湯で効能がめちゃめちゃ良い秘湯があって、車止めてせっかくだから入ろうってなったらみんなで入れる? 混浴だよ?」等と述べた。

セクハラについて上司から注意・指導を行っている

  • 法人代表者は、7年前に発生した原告の事務次長におけるセクハラ疑惑の際、女性職員が退職した責任の一端はの事務次長の行為にあることや、セクハラと疑われるようなことをすればその意図がなくてもセクハラと判断されるのであるから、管理者である以上、セクハラと疑われるような行動をしてはならないこと等をスカイプにより話し、指導をしている。
  • また、これに対し事務次長が画面越しに頭を深々と下げて謝罪の言葉を述べたこと、この騒動の後も、女性職員との昼食、呼称の仕方、社宅への案内、飲み会の実施等について原告に注意、指導をしたこと等について、具体的かつ詳細に陳述、供述をしており、その内容に不自然な点はない。

弁明の機会は十分に与えられていた

  • ヒアリングは、約1時間半にわたって実施された。
  • その間、原告の事務次長は、セクハラの疑いを持たれた具体的な事実がどのようなものかを理解した上で弁明をしており、防御に欠けていたとは認められない。
  • よって、弁明の機会は十分に与えられていたといえる。

解雇の妥当性

  • 原告の事務次長は、管理職として率先して職場環境を改善すべき立場にありながら、過去に自らセクハラと受け止められる言動により、診療所の常勤職員からの信頼を失ってその全員が退職するという事態を招いていた。
    この際、法人の代表者や上司の事務長から、口頭によるものといえ注意や指導を受けており、自己の言動の問題点を認識し、改善する機会はあった。
  • しかし、それにもかかわらず、事務次長は自らの行為を改善することなかった。
    酒席の場だけではなく、業務の指導という名目で診療所内においても、女性職員らが不快・苦痛に感じるセクハラ行為を繰り返しており、これらの行為は職責・態様等に照らして著しく不適切なものである。
  • 今回のセクハラに対するヒアリングの際、事務次長は「セクハラの意図はなかった」などという弁明を前回と同様に繰り返し、自己の言動がセクハラに該当して不適切であることについての自覚を欠く姿勢を示していた。
    よって、事務次長の言動について改善を期待することは困難というべきである。
  • また、原告は「事務次長」という理事長や事務長に次ぐ管理職の立場にあり、その他の職員は医師、看護師、管理栄養士であることからすると、配置転換等により原告の解雇を回避する措置を講ずることも困難である。
  • 前回(7年前)のセクハラ疑惑の際に、法人の代表者による注意や指導が口頭によるものにとどまっていたことや、原告の事務次長が法人において長年にわたり相応の貢献をしてきたと認められることなどを考慮しても、法人が職員への影響を考慮して、事務次長に対し厳正な態度で臨んだことはやむを得ないものである。

判決文から読み取れるポイント

 解雇予告通知書には、7年前のセクハラ疑惑にも触れ、法人の代表者や事務長が、誤解を招く行為を慎むよう「厳しく指導」したとされています。しかし、実際は「厳しく指導」したとする証拠書類はなく、スカイプや電話などの口頭で行われたものでした。

 原告である事務次長の年収が1,000万円を超えることから、仕事はバリバリと行ない、法人にとっては手放したくない人物だったのかもしれません。しかし、職場環境が改善されなければ退職も辞さないとする多数の女性職員からの抗議を受け、法人としても事務次長を「解雇」せざるを得なくなった、この唐突感が今回の訴訟の裏側にありそうです。

 地裁判決では、結果的に法人の主張通りに解雇が認められ、多額の未払い賃金を支払うという事態を回避することはできたのですが、ハラスメントを把握した時、使用者に求められる初動対応の重要さが読み取れる判例です。