キャリアアップ助成金における生涯設計手当の考え方

生涯設計手当の考え方に関する Question

キャリアアップ助成金Q&A(令和5年度)」では、正社員化コースにおける賃金3%以上の増額に関し、生涯設計手当の考え方を次のように示しています。

Q−6 (P.36)
正社員転換後、基本給の一部を生涯設計手当として支給しており、うち一部を企業型確定拠出年金へ運用している場合は、どのように計上するのでしょうか。

 そもそも、企業型確定拠出年金(企業型DC)の制度設計に精通している人を除き、この質問の意味を正確に理解することは非常に困難だと思われます。
 ここでは、何が問題になって、どのような回答がなされているのかを わかりやすく解説します。

企業型確定拠出年金とは

確定拠出年金とは

 確定拠出年金(Defined contribution pension)は年金制度の一つで、法律(確定拠出年金法)により規定された制度となります。拠出額が一定となり、将来の年金受給額は拠出額と運用成績に依存することから「確定拠出」と呼ばれています。
 国民年金や厚生年金が「公的年金」であることに対し、個人や雇用主が一定の金額を拠出し、それを個人が運用しながら自ら将来の年金収入を積み立てる制度であることから「私的年金」「じぶん年金」とも言われています。

 確定拠出年金には以下の特徴があります。

  • 原則として、60歳までは積み立てた掛金を取り崩すことができません。
  • 法律に基づく国が推奨する制度なので、多くの税制優遇措置が用意されています。

 なお、確定拠出年金には、掛金を事業主が拠出する企業型確定拠出年金(企業型DC)と、加入者(個人)自身が拠出する個人型確定拠出年金(iDeCo・イデコ)の2種類が制度化されています。

企業型確定拠出年金(企業型DC)の特徴

 企業型確定拠出年金とは、事業主が毎月加入者(役員や従業員)の年金口座に掛金を拠出し、加入者(役員や従業員)が自ら運用商品を選んで資産を運用する制度です。
 iDeCo(個人型)は国民年金の被保険者であれば、自営業者や専業主婦(夫)、会社員や公務員など、職業に関係なく個人単位で確定拠出年金制度に加入することができますが、企業型DCは厚生労働省から承認を受けた企業で働く原則60歳未満の役員や従業員が加入者となることができます。
 また、iDeCo(個人型)は掛金や運営費の負担が加入者(個人)自身であることに対して、企業型は掛金も運営費も事業主が負担することになります。

 このため、企業型DCは年金制度ではあるものの、企業の退職金とする要素もかなり含まれていると言えます。

生涯設計手当とは

概要

 生涯設計手当とは、企業型確定拠出年金の制度設計の一つで、従前の給与(下図①)の一部を別の手当として支給する仕組み(下図②)です。
 この手当は、確定拠出年金の掛金として利用できます。利用する(下図③-1)のか、利用しない(下図③-2)のかや積み立てる金額をいくらにするのは加入者(従業員)ごとに選択できるため、「選択制」と言われています。
 拠出する掛金の財源は給与の一部ではありますが、掛金として指定した金額は「事業主掛金」となり所得税法上の給与にはなりません。

【参照】事業主掛金の税法上の取り扱い

 つまり、加入者である従業員(役員を含む)にとって、掛金相当額は所得税や社会保険料の対象外になり、これらの負担が軽減されるというメリットがあります。

具体例

 例えば、従前の給与が20万円で、そのうち2万円を生涯設計手当に振り替えた場合を考えます。
 加入者(従業員)は次のような選択ができます。

  • 生涯設計手当の全額(2万円)を確定拠出年金の掛金として積み立てる
    (18万円を基準に所得税・住民税や社会保険料を計算する)
  • 生涯設計手当の一部(例えば1万円)を確定拠出年金の掛金として積み立て、残り(1万円)を給与と併せて受け取る(上図③-1)
    (19万円を基準に所得税・住民税や社会保険料を計算する)
  • 生涯設計手当の全額(2万円)を給与と併せて受け取る(上図③-2)
    (20万円を基準に所得税・住民税や社会保険料を計算する)

 このように、生涯設計手当は、加入者が自分のライフプランに合わせて企業型確定拠出年金(DC)を利用できる制度です。ただし、一度掛金の積み立てを開始した場合は、原則として掛金をゼロにすることはできません。

生涯設計手当の考え方に関する Answer

原則とする考え方

 Q&Aの回答は、

  • 「生涯設計手当」が退職金を原資としている場合は、算定対象外です。
    (本来退職後に受け取るはずの退職金を、前もって受け取っているにすぎないため。)
  • 企業型確定拠出年金についても、その原資として退職金の前払い分が充当されている場合は、算定対象外です。


とされています。

回答の疑問点

 質問では「基本給の一部を生涯設計手当として支給しており」と前提条件を定めているにも関わらず、回答では「退職金を原資としている場合は」と、理解に苦しむ場合分けになっています。

 では、「退職金を原資としていない場合は」どうなるのでしょうか。
 私は前職が(省庁は違いますが)公務員で、通達や事務連絡、Q&Aなどをよく書いていました。それだけに、これだけ質問と回答がかけ離れたQ&Aが堂々と公表されていることに、大変驚いています。

 終身雇用が崩れ人材の流動化が進むにつれて、特に大企業では退職金規程を廃止し、退職金相当額を毎月の給与に上乗せして支払う方法を採用するケースが増えています。この退職金相当額をそれぞれの従業員が企業型DCに拠出するのか、現金で今もらうのかを選択する制度です。


 ただし、キャリアアップ助成金を利用することが多い中小企業クラスでは「退職金を原資としている場合」はほとんど見当たらず、ほぼ全部が「もともとの給与を原資としている場合」に該当します。
 中小企業で退職金の前払いとして事業主掛金を拠出するのは、下図のパターンが大半となります。今まで退職金制度はなかったものの、経営者が従業員の将来のことを考えて採用されるパターンです。
 この場合、給与の額は①と②で変化はなく、質問にある「基本給の一部を生涯設計手当として支給」には該当しません。

例外とする考え方

 回答には「ただし書き」が続きます。

 ただし、原資が前払い退職金であったとしても、以下のア〜ウすべてに該当する場合には、企業型確定拠出年金の掛金運用額(A)及び掛金運用額を除いた額(前払い退職金として給与と合わせて支給される額)(B)の合計額が賃金算定の対象となり得ます。


ア Bが給与所得として課税対象となっており、所得税、住民税がかかるほか、社会保険料の標準報酬の算定に含まれ、かつ、雇用保険法上でも賃金として取り扱われている
イ A及びBの合計額が昇給額、残業代、賞与及び退職金等の算出基礎額になることが就業規則等に明記されている
ウ A及びBの合計額が実費補填及び毎月変動する性質の手当ではない

なお、上記イの算出基礎額にAが含まれていない場合は、Bのみ賃金算定の対象となり得ます。

 もう一度、書きます。
 キャリアアップ助成金を利用することが多い中小企業クラスでは「退職金を原資としている場合」はほとんど見当たらず、ほぼ全部が「もともとの給与を原資としている場合」に該当します。
 現場が混乱するので、「退職金を原資としている場合」と「退職金を原資としていない場合」はきちんと整理をして回答を作成してほしいものです。