大阪医療刑務所事件 ~みなし申込みを承諾しても必ずしも公務員にはなれない~

令和4年6月30日/大阪地方裁判所(平成29年(行ウ)222号)

どのような事件ですか

事案の概要

  • 大阪医療刑務所は専門的な医療処置を必要とする受刑者が収容されている国の施設であるが、毎年、専用の官用車で護送する必要がある際の自動車運行管理業務を請け負わせる会社を入札(期間1年)により決定していた。
  • 業務の請負を受注した日東は、原告(元・日東社員)を運転手として大阪医療刑務所における自動車運行管理業務に従事させた。
  • 就労状況に疑問を持った原告は、このような就労は労働者派遣法に違反しているとして、大阪労働局に対して是正申告を行った。
  • 大阪労働局は、大阪医療刑務所の職員自らが原告に対して業務遂行の指示を行っている(請負業者の日東に対して指示を行っているのではない)として、是正するよう指導を行った。
  • 是正指導を受けた大阪医療刑務所は、年度の途中で日東との請負契約を労働者派遣契約に切り替えた。
  • 翌年度、日東は自動車運行管理業務の入札に参加したが落札することができず、原告は年度末の有期雇用期間の満了により、雇用契約は終了した。
  • 原告は、大阪医療刑務所の偽装請負により労働契約みなし申込みに承諾をしたとして、国に自分を採用する義務があると訴えた。
    また、賃金未払相当額と精神的苦痛に対する慰謝料の支払いを求めた。

裁判の結果

  • 大阪労働局が是正指導をしたように、大阪医療刑務所では偽装請負等の状態であった。
  • 一方、大阪医療刑務所は、労働者派遣法をはじめとする労働各法の規定の適用を免れるために(労働者派遣契約ではなく)請負契約としたものではなく、脱法の目的があったとはいえない。
  • 違法派遣において、労働者派遣法に定める「労働契約申込み みなし制度」は、国や地方公共団体は対象から除外されており、対象となった労働者を必ずしも採用しなければならないわけではない。

何について争われたのですか

偽装請負など違法派遣があったとき、国は労働者派遣法で定める直接雇用をしなければならないのか

労働者派遣法の構成

 ちょっと長くなりますが、労働者派遣法の該当条文を書いてみます。

労働者派遣法 第40条の6 第1項

第40条の6 労働者派遣の役務の提供を受ける者国及び地方公共団体の機関を除く。が次の各号のいずれかに該当する行為を行つた場合には、その時点において、当該労働者派遣の役務の提供を受ける者から当該労働者派遣に係る派遣労働者に対し、その時点における当該派遣労働者に係る労働条件と同一の労働条件を内容とする労働契約の申込みをしたものとみなす。ただし、労働者派遣の役務の提供を受ける者が、その行つた行為が次の各号のいずれかの行為に該当することを知らず、かつ、知らなかつたことにつき過失がなかつたときは、この限りでない。
一 第4条第3項の規定に違反して派遣労働者を同条第1項各号のいずれかに該当する業務に従事させること。
二 第24条の2の規定に違反して労働者派遣の役務の提供を受けること。
三 第40条の2第1項の規定に違反して労働者派遣の役務の提供を受けること。
四 第40条の3の規定に違反して労働者派遣の役務の提供を受けること。
五 この法律又は次節の規定により適用される法律の規定の適用を免れる目的で、請負その他労働者派遣以外の名目で契約を締結し、第26条第1項各号に掲げる事項を定めずに労働者派遣の役務の提供を受けること。

労働者派遣法 第40条の7 第1項

第40条の7 労働者派遣の役務の提供を受ける者が国又は地方公共団体の機関である場合であつて、前条第1項各号のいずれかに該当する行為を行つた場合(同項ただし書に規定する場合を除く。)においては、当該行為が終了した日から1年を経過する日までの間に、当該労働者派遣に係る派遣労働者が、当該国又は地方公共団体の機関において当該労働者派遣に係る業務と同一の業務に従事することを求めるときは、当該国又は地方公共団体の機関は、同項の規定の趣旨を踏まえ、当該派遣労働者の雇用の安定を図る観点から、国家公務員法(裁判所職員臨時措置法において準用する場合を含む。)、国会職員法、自衛隊法又は地方公務員法その他関係法令の規定に基づく採用その他の適切な措置を講じなければならない。

原告(元・日東社員=運転手)の主張

  • 原告の加入した労働組合が大阪医療刑務所などに提出した「労働組合加入のお知らせ」の日付をもって、国家公務員法その他関係法令の規定に基づき自分を採用をしなかったのは違法であることの確認と、国の採用義務付けを求めた。

裁判所の判断

  • 大阪医療刑務所の担当職員は、原告の元・日東社員に対して直接運行予定表を交付・指示をしており、「どの車両をどこに向けて運転するか」といった自動車運行管理業務の中心的内容を直接伝達して行わせていたことから、実態は労働者派遣、すなわち偽装請負等の状態であった。
  • 一方、大阪医療刑務所の職員は、業務委託先の社員であった原告に対して文書などによる指示を行ったとしても、請負契約に基づく業務内容を伝達しているだけで、指揮命令とは認識していなかった。
    すなわち、労働者派遣法をはじめとする労働各法の規定の適用を免れるために意図的に請負契約としたものではなく、脱法の目的があったとはいえない。
  • 労働者派遣法に定める類型の違法派遣が行われていた場合、一般的には発注者から労働者に直接労働契約の申込みがされたとみなされ、労働者が一定期間内にその申込みを承諾することによって雇用契約が成立する(労働者派遣法第40条の6)が、国や地方公共団体などが違法派遣を行った場合は別の規定(労働者派遣法第40条の7)により「採用その他の適切な措置」を講ずるよう定められている。
    「採用その他の適切な措置」とは、「他の機関における非常勤職員募集の情報を提供すること」や「一定期間経過後に欠員が生ずる見込がある場合にその情報を提供すること」など、「採用」だけとは限らず、その労働者の雇用の安定となる様々な行為が含まれる。

判決文から読み取れるポイント

 原告の訴訟代理人弁護士は、初めて裁判で偽装請負により直接雇用が認められた東リ事件と同じ方がされています。
 ただ、東リ事件と異なるのは、以下の点にあります。

  1. 相手方が国であるため、根拠となる労働者派遣法の条文が別であること
    すなわち、「労働契約の申込みをしたものとみなす」と「採用その他の適切な措置を講じなければならない」は、その内容が異なる。
  2. 国の担当者が労働者派遣法に対する認識に乏しかった点は否めないが、大阪医療刑務所において自動車運行管理業務の請負契約は毎年入札により業者を選定していた。よって日東との契約は3年目であり、長期にわたり同じ請負先と契約を「継続」していたため脱法行為を推認した東リ事件とは状況が異なる。

 従前から「公務員の削減」が叫ばれ、国や地方公共団体では外部業者への委託が進んでいます。
 以前は公務員自らが行ってきた業務も現在では大半が委託となり、公務員自らが行うのは入札による業者決定、決定業者の監督、施工後の支払い事務などとなっています。このため、特に庁舎内で行われる作業については、業務委託のつもりだったのに実態は指揮命令要素の入る労働者派遣だったというケースも散見されるようです。
 国や地方公共団体においても、今一度、業務委託の内容と担当職員の研修について、実はその業務委託が労働者派遣になっていないか、再点検する必要があろうかと思われます。