会長が社長にパワハラ!? ≪令和のハラスメント裁判例≫

令和4年3月1日/福岡地方裁判所(令和1年(ワ)2592号)

どのような事件ですか

事案の概要

  • 同族会社のオーナー会長からのパワーハラスメントにより、社長がうつ病を発症し退任に追い込まれた。
  • 元・社長(原告)が会長から受けたパワハラによる精神的苦痛について600万円の慰謝料を請求。

裁判の結果

  • 会長は元・社長より優越的な地位にあり、他の取締役など多数の人の前で行った人格を否定する発言は社会通念上許容される範囲を逸脱しており違法である。
  • パワハラによる精神的苦痛について、元・社長へ慰謝料100万円の支払いを命じた。

何について争われたのですか

パワハラを受けたとする原告(元・社長)の主張

社長交代後の業績不振について、会長からパワハラ(罵声を浴びせられ、会議の出席者の面前で厳しい叱責)を受けた

  • 会長は、元・社長(原告)に対し、各種会議の席などで、「バカ者」「無能」「会社の経営のことを考えようとしないサラリーマン」「会社の金を横領した奴より悪質」などという悪罵を続け、その度合いは次第に激しく、執拗なものになった。
  • 会長は、重要な取引先であるA社を目の敵にして「A社との取引を止めるくらいの覚悟で交渉して来い」などと、実現可能性に乏しい理不尽な要求をした。
  • 会長は、元・社長に対し、「お前たち、来期はないぞ」「(決算期末までに)死ぬ気でやれ」「もしそれまでに(改善の)目途がつかなかったら辞めてもらうぞ」「退職金も出ないぞ」などと繰り返し脅した。
  • 会長は、経営者会議において、元・社長と別の取締役に対し、「二人を呪い殺してやるからな」と発言した。

パワハラによる損害

  • 会長のパワーハラスメントにより体調が悪化してうつ病を発症した。
  • そのため、代表取締役社長を退任して会社を辞めざるを得なくなり、多大な精神的苦痛を被った。

パワハラを行ったとされる会長の主張

発言内容の意図

  • 元・社長が指摘する会長の発言は、
    経営上の問題点を具体的に指摘した上で批判・叱責をしたもの、
    原告に発破をかけたもの、
    重大な経営判断に当たって取締役会における報告・検討を経なかったことを批判するもの
    などであり、これらの発言に違法性はない(パワハラではない)。

発言を行ったときの状況

  • 会長の発言は、会社の取締役会においてなされたものである。
    取締役会は会社の業務執行の決定等を担う重要機関であり、その判断が会社の命運を左右する場合もあるため、ときに遠慮のない意見を述べることも必要である。
  • パワハラ発言があったとされる当時は、会社の業績が過去17年で最悪という状況にあり、その原因や対策等について社内で激しい議論がされていた。その中でいきおい強い言葉が用いられたとしてもやむを得ない。
  • 会長は、会社の業績に危機感を抱き、元・社長の奮起を促す目的でこれらの言葉を発したものである。
  • また、元・社長は、重要な取引について取締役会に諮ることなく独断で決めた結果、会社を危機的な経営状態に陥らせた。会社では元・社長が代表取締役としての資質が問題視されるに至っており、強い言葉で叱責等されてもやむを得ない状況にあった。

原告の元・社長がうつ病を発症した理由

  • 原告は「代表取締役社長」という重責を担っていた者であり、その中で業績の大幅な悪化という深刻な事態が生じている時にうつ病を発症した。
  • また、退職後に生じた入眠障害や中途覚醒の症状が特に誘引なく発生したことや、年齢に照らして、元・社長のうつ病は、会長の言動以外に発症原因が存在する。

裁判所の判断

会長の発言の一部は不法行為(パワハラ)とした

  • 会長は、同族会社で親族分も合わせて過半数の株式を保有するのに対し、元・社長は従業員(役員)として30年以上の実績を基に社長に就任していることから、会長は元・社長より優越的地位にあった。
  • 経営会議や中間業績報告の会議において、「馬鹿、無能、サラリーマン根性丸出し、会社の経営を考えない、会社の金を横領した者より始末が悪い」と繰り返した発言は、会長の優越的な地位に基づき、多数の取締役の前で「馬鹿、無能」と罵り、経営者であることを否定し、さらに「横領という犯罪行為を行った者よりも悪質」などとするもので、社会通念上許容される範囲を逸脱して元・社長の人格を否定しており、不法行為を構成する。
  • 人格を否定する激しい言葉が、経営悪化に対する業務指導等のために必要ということはできず、正当化されることはない。

一方、原告(元・社長)の主張も一部否定された

  • 「A社との取引を止めるくらいの覚悟で交渉して来い」「お前たち、来期はないぞ」「(年度末までに)死ぬ気でやれ」「もしそれまでに(改善の)目途がつかなかったら辞めてもらうぞ」「退職金も出ないぞ」などという発言(上記「原告の主張」の「」)は、
    会社の業績が悪化し、会長が業務指導ないし叱咤激励を必要とする状況にあったことから、経営状況を改善するために強い気概を持って交渉に臨むべきである旨を示したものにとどまり、
    業務上の必要性を超えて元・社長の人格を否定するものとまでいうことはできない。(パワハラではない)

精神的苦痛に対する慰謝料の額

  • 会長による発言によって、繰り返し、会社の他の役員のいる前で、元・社長の業績や会社内での地位、人格を否定され精神的苦痛を被ったことは認められるが、業績不振に陥っていた会社の当時の状況を踏まえると、会長による各発言の悪質性は一定程度減殺される。
  • 元・社長のうつ病がもっぱら会長による各発言によって生じたということはできないこと、その他一切の事情を考慮すると、精神的苦痛に対する慰謝料は100万円が相当。

判決文から読み取れるポイント

 この裁判例は「社長に対してであってもパワハラは成立する」という、理論的には当然考えられることを再確認した珍しい事例であると思われます。
 なお、この裁判では他に、役員としての退職慰労金が支払われていなかったことについても争点の一つになっていますが、元・社長の退任時の手続きに関する事項なのでここでは割愛します。

 実務上、「業務指導であるのか」「パワハラであるのか」については境界線に悩むケースがあります。
 この判例で示されているのは、「人格を否定」する発言は不法行為(パワハラ)と認定する一方、人格を否定していない叱咤激励は業務上の必要性を認めて不法行為とは認定していません。つまり、「人格の否定」が判断のポイントになるということです。