博報堂事件 ~5年ルールによる無期労働転換申込権の取得が認められた事例~

令和2年3月17日/福岡地方裁判所(平成30(ワ)1904)

どのような事件ですか

事案の概要

 労働契約法の改正(5年ルールによる無期労働転換申込権の取得)により、就業規則を改訂するとともに、あらかじめ契約更新時に次回の有期労働契約更新をしないと労働者に伝達していたにもかかわらず、無期労働転換申込が認められたという裁判です。

無期転換ルールとは

 無期転換ルールとは、同一の使用者(企業)との間で、有期労働契約が更新されて通算5年を超えたとき、労働者の申込みにより期間の定めのない労働契約(無期労働契約)に転換できるルールです。
 対象となるのは、原則として契約期間に定めがある有期労働契約が通算5年を超える全ての労働者です。契約社員やパート、アルバイトなどの名称は問いません。

【出典】厚生労働省HP「無期転換ルールのよくある質問(Q&A)

 無期転換ルールは、平成24年の労働契約法改正(平成25年4月1日施行)により定められました。

労働契約法
第18条(有期労働契約の期間の定めのない労働契約への転換)

  1. 通算契約期間(同一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約の契約期間を通算した期間)5年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす
    この場合において、当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は、現に締結している有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件とする。
  2. 空白期間(当該使用者との間で締結された一の有期労働契約の契約期間が満了した日と当該使用者との間で締結されたその次の有期労働契約の契約期間の初日との間にこれらの契約期間のいずれにも含まれない期間)があり、当該空白期間が6月以上であるときは、当該空白期間前に満了した有期労働契約の契約期間は、通算契約期間に算入しない。

事実関係は?

労働者の経歴などについて

  • 労働者(原告・昭和39年生・女性)は、都内の4年制大学を卒業した後、昭和63年4月に博報堂九州支社に新卒採用で入社した。
  • 昭和63年4月から1年毎の有期雇用契約(嘱託社員)を締結し、これを平成29年まで29回にわたって継続して更新をしてきた。
  • 労働者は主に経理業務を中心に、警備業法・下請法にかかる業務等に従事するとともに、会社の指示で衛生管理者の資格を取得し、九州支社の衛生管理者にも選任されていた。
  • 労働者が入社してから平成25年までの間は、毎年4月1日前後に、会社の管理部長から封筒に入った契約書を渡され、それに署名押印をするだけで本件雇用契約が更新されていた。
  • 平成25年4月1日以降、最後の更新となった平成30年3月31日までは、毎年、次の内容で契約を更新していた。
    契約期間  4月1日から翌年3月31日
    業務内容  九州支社におけるマネジメントサポート業務
    就業期間  毎週月曜日から金曜日の午前9時30分から午後5時30分まで
    休憩時間  正午から午後1時まで
    給 与   税込月額25万円(毎月末日締、当月25日払い)
    賞 与   各年の6月と12月に各25万
  • 会社は平成29年5月に労働者と面談し、転職サービスのパンフレットを渡した。その際、労働者は雇止めは困る旨を述べた。
  • 労働者は、平成29年12月7日に雇用契約の更新を会社へ申し入れたものの、会社はこれを拒絶し、平成30年3月31日をもってその契約期間を満了とした。

契約内容は どのようになっていたのか

  • 会社は、平成20年4月1日に契約社員就業規則を改訂し、更新により雇用契約期間が最初の雇用契約開始から通算して5年を超える場合、原則として雇用契約を更新しないという「最長5年ルール」を新たに設けた。
  • 当初、会社は、最長5年ルールが盛り込まれた時点において既に5年を超えて雇用されていた従業員については、このルールを適用しないこととしていた。
    原告の労働者はこのルール適用対象外となっていたことから、当初はルールの説明を原告の労働者にしていなかった。
  • 平成24年の労働契約法改正により、平成25年4月1日以降に有期雇用契約を締結する場合、5年を超えて契約を更新すると、無期転換申込権が認められることになった。
    このため、原告の労働者を含む最長5年ルールの適用除外となっていた従業員に対しても、平成25年4月を起算点として、最長5年の上限を設ける取扱いをすることにした。
  • 平成25年4月1日付で取り交わした雇用契約書には、「契約社員就業規則に基づき、継続して契約を更新した場合であっても、平成30年3月31日以降は契約を更新しないものとする。」旨が記載されていた
    また、これと同じ条項が平成26年から28年の契約書にも記載されており、労働者はこれらにも署名押印している。
  • 平成29年2月、会社は契約更新前の面談において、平成30年3月をもって契約は終了する旨を伝えた
  • また、平成29年3月には、「本契約の期間は、平成29年4月1日より平成30年3月31日までとし、本契約期間以降は契約を更新しない。」との記載がある雇用契約書を労働者に渡した
  • これを受け取った労働者は、「本当にこの1年間で最後なんですか」と尋ねたところ、会社は、「契約書のとおり平成30年3月で終了である」との返答をした。
    その後、原告は、その場で署名押印をせずに、一旦、契約書を持ち帰ったが、後日、これに署名押印をして会社へ提出した。

会社における「最長5年ルール」の運用状況

  • 平成25年以降、会社は最長5年ルールの適用を徹底しているが、それも一定の例外が設けられていた。
    (例:6年目以降の契約については、それまでの間(最低3年間)の業務実績(目標管理による評価結果・査定)に基づいて更新の有無を判断する)

労働者側の訴えの内容は?

  • 労働者と会社間の有期雇用契約は、労働契約法19条1号又は2号に該当し、会社が労働者に対し、平成30年3月31日の雇用期間満了をもって雇止めをしたことは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められない。
  • よって、従前の有期雇用契約が更新によって継続しているとして、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める。
  • また、雇止め後に本来もらえるはずであった賃金・賞与等の支払を求める。

裁判の結果は 労働者の勝訴!

  • 労働者と会社間の有期雇用契約について、直近は最長5年ルールの適用を通知などをしており、その全体が期間の定めのない雇用契約と「社会通念上同視」(労働契約法19条1号)することはできない。
  • しかし、「最長5年ルール」にも例外が設けられているなど、長年契約更新を繰り返してきた労働者における契約更新に対する期待は、平成25年以降に契約更新通知書などで毎年確認されてきたとしてもそれは過去長期にわたる契約更新状況等を顧みないものであり、合理的な理由があると認められる(労働契約法19条2号)。
  • よって、原告が、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
  • 判決確定の日までの賃金・賞与等を支払うこと。



労働契約法
第19条(有期労働契約の更新等)
有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に
労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合 又は
当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合
であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす

  • 当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって、その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。
  • 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。

コメント

 会社は労働契約法の改正を見据えて最長5年ルールをにより就業規則を改訂したり、その規則によりあらかじめ契約更新時に労働者へ雇止め予告をするなど一義的には万全の体制を採ってきたものと思われます。
 ただ、判決文を読むと会社は本当に法の趣旨を理解していたのかどうか、疑問を抱かざるを得ません。

 そもそも、労働契約法の求めるところは「合理的な労働条件の決定又は変更が円滑に行われるようにすることを通じて、労働者の保護を図りつつ、個別の労働関係の安定に資することを目的」(第1条)です。約30年にもわたり雇用を継続してきたのですから、無期労働契約への転換は検討されてもよかったのではないでしょうか。

 勤続年数から見て、特殊な事例の判決とは思いますが、法の趣旨を理解して運用することは労働法に限らず大事なことであるいう典型的な事例と考えます。

【参考】厚生労働省HP「有期契約労働者の無期転換ポータルサイト