パワハラに対して適切な対応を採らなければ「安全配慮義務違反」

令和2年7月1日/東京地方裁判所立川支部(平成30年(ワ)256号)

どのような事件ですか

事案の概要

  • 公立病院の管理職(課長)が、上司である事務次長からパワーハラスメント(パワハラ)発言を受けたことにより適応障害や睡眠障害などを発症した。
  • また、病院の事務長などが事務次長のパワハラについて適切な対応を採らなかったことは、安全配慮義務違反であると訴える。
  • 原告の課長は、国家賠償法に基づき、治療費や弁護士費用など約147万円と慰謝料400万円(パワハラ行為に対して300万円、安全配慮義務違に対して100万円)を求めた。

裁判の結果

 原告(課長)の請求のうち、慰謝料100万円を含む約206万円の支払いを命じた。
 なお、慰謝料100万円の内訳は、事務次長のパワハラ行為に対する精神的苦痛が80万円、病院の安全配慮義務違反に対する精神的苦痛が20万円である。

何について争われたのですか

原告(事務次長)の主張

事務次長の発言はパワハラである

 パワハラとされる具体的な発言は7つあるが、いずれも原告の課長が録音をしていたもので、発言の有無について争いはない。

  • 事務次長は、日常的に人格を否定する暴言、机を叩く、大声で怒鳴る、会議の場や他の職員の面前で長時間執拗に非難するなどのパワーハラスメントを行っている。争いのない7つの発言はそのごく一端にすぎない。
  • 事務次長のパワハラにより、原告(課長)は約4か月間休職(病気休暇を含む)せざるを得なかった。

事務長などがパワハラについて適切な対応を採らなかったことは、安全配慮義務違反である

  • 7つの具体的発言のうち、少なくとも2回は事務長も同席していたが、事務次長の暴言に対して注意や指導などの適切な措置を採ることがなかった。また、その後、原告(課長)の休職中に事務次長のパワハラを訴えた際においても、事務次長に対して注意や指導などの措置はされていない。
  • 原告(課長)が休職から復帰する際、原告(課長)に対しては行動や職域を制限したことに対して、パワハラを行った事務次長に何ら制限をしなかったことは復帰に際して適切な環境調整を行っていなかったといえる。この点からも、安全配慮義務違反がある。

裁判所の判断

事務次長の7つの発言は全てパワハラに当たり、原告(課長)はそのために休職を余儀なくされた

 裁判所は、事務次長の7つの発言について全てパワハラになる判断した。また、パワハラと原告(課長)の休職との因果関係も認めた。

  1. 職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて精神的、身体的苦痛を与える行為である
    (理由)
    ペンで机を叩く動作をしながら「原告が嘘つきである」「偉そうに言っているからむかつく」などの発言は叱責や罵倒をするものである。
    加えて、他の管理職が居合わせる会議の最中に14分間近くにわたって厳しい叱責や侮蔑的な発言をするなど、発言の内容や態様からすると業務上の必要性を超え不必要に人格を非難するに至っている。
  2. 業務上の必要性はなく、業務の適正な範囲を超えて精神的苦痛を与えるものである。
    (理由)
    「何一つ出来もしない一番程度の低い人間が一番偉いって俺には聞こえるからむかつくんだよ」「まともなこと一つもできもしねえ人間が」「何気取ってんの。だから無理だって言ってんだよ。だから、あなたが書いてくんのはすべて見て腹も立つ。全部嘘だもん俺から言わせりゃ」「おめーが馬鹿だからだべや。おめえの管理不足だからそんなってることを俺はいってんだよ。」「一番恥なんだよ。人として。」「お前みたいな嘘つきはいないよ。嘘つきと言い訳の塊の人間なんだよお前。」「生きてる価値なんかないんだから。」などという事務次長の発言のうちには、原告(課長)による報告書の記載に対する指摘や問い質し、管理職としての態度に対する注意を意図する部分も含まれるが、
    「何一つ出来もしない一番程度の低い人間」「人として恥」「嘘つきと言い訳の塊の人間」「生きてる価値なんかない」などという罵倒を含んでいるこれらの発言は、個別の行為や業務態度に対する具体的な注意という範疇を超えて、人格全体に対する攻撃、否定に及んでいる。
     また、事務次長の叱責及び罵倒は、机を叩く威圧的な動作も交え、報告事項と無関係な事柄も引き合いに出しつつ、約40分間という長時間に及ぶものであった。
  3. 態様として明らかに社会的許容限度を超えており、業務の適正な範囲を超えて精神的苦痛を与えるものである。
    (理由)
    他の管理職の居合わせる会議の場で、約10分間にわたり、机を叩く動作を交えつつ「なめてるのお前。」「何でおめーみていな馬鹿のため謝んなきゃいけねーんだよ。」「責任とってないの。よくよく考えた方がいいんじゃねえか。」などの発言は、合理的理由なくなされた罵倒である。
  4. 業務の適正な範囲を超えて、精神的苦痛を与えるものである。
    (理由)
    原告(課長)と事務次長との2名のみのやり取りで、時間は約15分間と2名のみのやり取りのうちでは比較的短時間であるが、
    「こんな馬鹿でもできることすらも。ていうか責任感ないよね」「切っちゃうからいーけどさ。そーいうことは未来なくすからいいけど」「最低だね。人としてね。で、一個は言い訳と嘘をつきっぱなしだよ」などの発言は、業務上の能力や態度に対する注意としての限度を超え、人格否定にも及ぶ著しく侮辱的な内容や、脅しを含めた内容を一方的に罵ったものである。
    また、発言がなされた場所は事務室内の事務次長席であり、他の管理職や原告(課長)より下の地位の職員が多数在席する中であった中での業務上叱責の必要性が認められないにもかかわらず、人格否定にも及ぶような言葉を含めて、管理職としての資質や姿勢を否定するような叱責の仕方は違法である。
  5. 業務の適正な範囲を超えて精神的苦痛を与える行為である。
    (理由)
    原告(課長)を「失格」「失格者」と繰り返し、「一体君は嘘つくのが8割うそつきなんだから、2割の本当は何なんだ」「人として恥ずかしくねーかよ」「精神障害者かなんかだよ」などと、仕事に関する指摘とはかけ離れ、人格を否定する言葉をあからさまに並べている。
    また、「テメーの言うことが誰が聞くんだ馬鹿」「俺から見るとぶっ飛ばしてーよ」「何様なんだよ」などという侮蔑的にすぎる発言や、「下がるか、この病院から去って欲しいよ。そこの根本的なところがかわらない人間はもう失格なんだよ」「お前なんかだれも課長だと思っちゃいねえぜ」「誰もお前には期待していない」と、劣等感を煽り、暗に降格を促すような発言も約50分間もの長時間にわたり、かつその大半において、事務次長が一方的に原告(課長)を責め続けている。
  6. そもそも業務上の指導の必要性があるといい難い事項について、原告の人格を否定する言動をしたものである。
    (理由)
    「お前は本当にひどい人間だね。俺こーんな最低な子と思わなかったよ。」「お前の人間性って全然甘い」「うそつきなんじゃないの。君は、いつも嘘をついてきてんじゃないの」「言い訳と嘘の塊」と発言しており、これらも、業務方針の検討やそれに関する管理職としての資質に関する注意という域を超え、性格や人間性といった人格の否定に至る言葉である。
    また、「全然わかってないよ。あまいよ。何様なんだよ。世の中なめてんじゃねえよ。馬鹿野郎」「嘘ついてるんですか。そうやって。追い詰められれば、すぐ、そういう嘘をつく。」「ただ課長としての仕事しろよな。やんなかったら懲戒分限処分てのをかけるからねよ。どんどん。」など、罵倒や脅しというべき言葉を交え、約54分間にわたって、原告(課長)を一方的に責め続けたものである。
  7. 職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的、身体的苦痛を与える行為である。
    (理由)
    「一回、精神科行ったらー」「病気なんじゃねーの」「人として信じられないんですけど。あなた自身が。その狂い。」「わりいけど病気なんかもしれんけど、そういうのはできない子かもしれんけど、迷惑なんだよー。」との発言は、業務上必要な注意の域を超えた人格否定である。
    また、「わからない脳みその中身なの。」「お前は悪いけどD以下」などという侮蔑的な発言、「できないなら、できないって言ってくれよー。自分で降りてくれよ頼むから」「本当に迷惑、頼むから降格処分してくれよ」「来年1年たったら、自分で出せ」など、強く降格を促すような発言を含め約1時間にわたって強い語調で一方的に暴言を浴びせかけている。

事務長などがパワハラについて適切な対応を採らなかったことは、安全配慮義務違反である

  • ハラスメント防止の責任者でもあった事務長は、事務次長の違法発言があった会議に同席していたほか、事務室内でも事務次長席での叱責の声が聞こえる位置におり、パワーハラスメント行為の一端を目の当たりにし、状況を認識できた。
    しかし、それにもかかわらず注意や制止をすることはなく、原告(課長)が休職する以前に何らかの対応を採っておらず、安全配慮義務に反している。
  • また、事務長は原告(課長)の休職後も、事務次長に対して「この時代ではこの言葉を使うとパワハラという風に取られてしまうという」といった具体性を欠く不十分な注意をするにとどまっており、原告(課長)の復職に当たって原告の行動のみを制限したものの事務次長の行動を何ら制限しておらず、復職に当たって適切な環境を整えるという観点からの安全配慮義務に違反した行為である

精神的苦痛に対する慰謝料の額

 慰謝料の額は、事務次長のパワハラ行為に対する精神的苦痛が80万円、病院の安全配慮義務違反に対する精神的苦痛が20万円の計100万円とした。

判決文から読み取れるポイント

 判決文に出てくる事務次長の発言には侮辱的なものも多く、パワハラに該当するという結論には違和感はないと思われます。

 ただ、この裁判例でもっと重要なのは、上司である事務長が、事務次長の違法な発言を知っていたはずにもかかわらず何ら措置をしなかったことや、原告(課長)が休職から復帰する際に当の事務次長に対しては何も制限を求めず適切な環境を整えなかったことについて、「安全配慮義務違反」として精神的苦痛に対する慰謝料を認めています。

 職場におけるハラスメントが個人の資質によるものだけではなく、職場全体の問題であることを改めて認識させられる裁判例です。