ハンプテイ商会事件 ~偽装請負等は認められなかったが、労働者性が認められた業務委託契約~

令和2年6月11日/東京地方裁判所(平成30年(ワ)34001号)(確定)

どのような事件ですか

事案の概要

  • ソウフトウェア開発の業務をAQ社から受託していた原告のシステムエンジニア(SE)は、もともとの発注者(ハンプテイ商会)の事務所で作業をするよう業務委託先(AQ社)から指示されたため、直接の契約関係にないハンプテイ商会の事務所で業務を行っていた。
  • AQ社はSEのスキル不足を理由に、SEとの業務委託契約の期間満了前に契約を解除した。
  • SEは、業務委託契約を結んだAQ社とは「雇用契約」であり、業務委託契約を結んでいないハンプテイ商会から直接指揮命令を受けて仕事を行っていたとして、偽装請負等による違法派遣、すなわち「労働契約申込み みなし制度」の適用があると訴えた。
  • また、期限内に労働契約のみなし申込みに対する承諾の意思を示したので、SEはハンプテイ商会と直接雇用が成立しているとし、未払賃金(月額60万円相当)と違法な解雇に対する慰謝料200万円の支払いを求めた。

裁判の結果

  • AQ社とは業務委託ではなく、雇用関係であることを認めた。
    よって、SEとの業務委託契約解除を無効とし、契約期限満了までの賃金(1か月分60万円=有期の雇用関係であるため)の支払いを命じた。
  • 一方、偽装請負等ではないとして、ハンプテイ商会との直接雇用については認めなかった。
    (「偽装請負等の状態(注文主からの指揮命令)」は認めたが、「労働各法の規定を免れる目的(脱法目的)」を認めなかった。)

何について争われたのですか

実際のスキームは業務委託でなく、労働者派遣のスキーム(偽装請負等の状態)であったか

原告SEの主張

  • 原告のSEはAQ社とソフトウェアに関する業務委託契約の体裁をとっているが、AQ社からSEが行うべき業務が特定されたことはなく、ハンプテイ商会から直接指揮命令を受けていた。
  • よって、この契約は雇用契約であり、全体ではAQ社を派遣元、ハンプテイ商会を派遣先とする労働者派遣である。

裁判所の判断

 原告SEとAQ社との契約は、実態としては、AQ社が原告を月額60万円で雇用したものであり、その雇用関係の下、ハンプテイ商会の指揮命令を受けて、ハンプテイ商会のために原告を労働に従事させるという労働者派遣の労働契約であった。(=偽装請負等の状態であった。)

【判断理由】

  • AQ社と原告SEの契約は、「労働基準法における労働者性の判断基準」から7つの項目を検討し、雇用契約と判断した。

  【考慮する主たる要素】

  1. 仕事の依頼の諾否の自由
    原告SEとAQ社の契約には、業務委託の目的とするシステム開発業務の内容や報酬について具体的な定めはなく、実際には原告SEが注文書発行後にハンプテイ商会の事業所に赴き、ハンプテイ商会の社員が作成した作業スケジュール表のとおり仕事の分担を決められるなど、SEに業務の依頼や指示を断る自由はなかった
  2. 業務遂行上の指揮監督
    原告SEは発注者のハンプテイ商会の社員に対し、作業スケジュール表や会議において作業の内容及び進行状況について毎日報告し、確認を受けていた。
    また、成果物もハンプテイ商会の社員による検査を受けて対応を行うなど、業務遂行において、ハンプテイ商会の社員を通じたAQ社による指揮監督を受けていた
  3. 時間的、場所的拘束性
    原告SEの作業場所は発注者のハンプテイ商会の事業所内と指定され、作業時間は1箇月あたり151時間から185時間までの間とされ、原告SEは、ハンプテイ商会の社員から、作業実績報告書により作業時間をAQ社に報告することを要求されていた
    また、作業時間を平日の午前9時30分から午後6時15分までとされ、午後5時に早退するときや、作業時間中に外出するときにはハンプテイ商会の社員にその旨を報告して了承を得ており、さらに、休日とされる土曜日に出勤をすることをハンプテイ商会の社員との会議で確認していた。
    よって、原告SEは、時間的、場所的拘束を受けていた
  4. 代替性
    原告SEは、AQ社との契約前にハンプテイ商会の社員と面談し、システムエンジニアとしての経験や保有する資格の確認を受けている。
    また、ハンプテイ商会とAQ社との個別契約に係る発注書にも原告SEが作業者であることが明記されており、第三者に作業を代替させたり補助者を使ったりすることは想定されておらず、代替性はない
  5. 報酬の算定支払方法
    原告SEの報酬は、作業時間が1箇月あたり151時間から185時間までの間に収まる場合には月額60万円、151時間を下回る場合には時間単価を3980円として控除し、185時間を上回る場合には時間単価を3240円として加算することとなっている。
    報酬の支払計算方法は、ほぼ作業時間に応じて決まっており、作業時間と報酬には強い関連性があった

    【考慮する補助的な要素】
  6. 機械・器具の負担、報酬の額等に現れた事業者性
    原告SEは開発のためのコンピューター、ソフトウェア等の機械・器具を有する者ではなく、報酬は月60万円で著しく高いとはいえず、事業者性が高くない
  7. 専属性
    原告SEは、AQ社の仕事以外に就くことは禁止されていないが、1日の作業時間によれば事実上は専属の状態であった
  • ハンプテイ商会とAQ社の業務委託契約は、労働者派遣の労働者契約であるとした。判断に当たっては、「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準(昭和61年労働省告示第37号)」に当てはめて判断にしている。

自己の雇用する労働者の労働力を自ら直接利用するものであること

  1. 業務の遂行に関する指示その他の管理を自ら行うものであること
    原告SEが分担する業務について、発注者のハンプテイ商会の社員がスケジュール表や会議等で指示することでその内容を決定し、原告SEにスケジュール表や会議で毎日その進捗状況を報告させ、成果物も検査していた。
    また、AQ社の代表者は会議に参加したことがなく、ハンプテイ商会や原告SEから、原告SEの作業内容、進捗状況、成果物の検査結果を伝達されたことがないなど、報告された原告SEの作業内容に関心を払っていなかった。
    よって、AQ社は、原告SEの業務の遂行方法に関する指示・管理や、業務の遂行に関する評価等に係る指示・管理を自ら行っていない
  2. 労働時間等に関する指示その他の管理を自ら行うものであること
    原告SEに対し、始業及び終業の時刻を作業実績報告書により報告させてこれを点検し、外出を了承し、作業時間の延長、休日出勤を確認していたのは発注者のハンプテイ商会の社員であり、AQ社代表者は、ハンプテイ商会を介することなく原告の作業時間を把握・管理したことはなかった。
    よって、AQ社が原告SEの労働時間等に関する指示・管理を自ら行っていない

請負契約により請け負った業務を自己の業務として、契約の相手方から独立して処理するものであること

  1. 自己の責任と負担で準備し、調達する機械、設備若しくは器材又は材料若しくは資材により、業務を処理すること
    原告SEの開発作業に必要なコンピューター、サーバー及び開発ソフトを提供したのは発注者のハンプテイ商会でAQ社は提供しておらず、AQ社は、自己の責任と負担で準備し、調達した設備等で業務を処理していない
  2. 自ら行う企画又は自己の有する専門的な技術若しくは経験に基づいて、業務を処理すること
    AQ社代表者は、原告SEの成果物について確認しておらず、原告SEがリーダー役をやっているのか聞き出そうとしたり、作業展開が順調なのか聞き出そうとしたりするなど、業務内容や進行状況を把握していなかった。
    よって、AQ社は、自ら行う企画又は自己の有する専門的な技術若しくは経験に基づいて業務を処理していない

業務委託としたことについて、労働者派遣法などの規定を免れる目的(脱法目的)があったか

原告SEの主張

  • ハンプテイ商会とAQ社の業務委託契約(ソフトウェア開発)には、一切の指揮命令はAQ社が行うこと、両者の間には労働者派遣関係がないことが記載されており、ハンプテイ商会は、自らが作業者に指揮命令を行えば、労働者派遣になることを認識していた。
  • また、発注者であるハンプテイ商会が、労働者派遣法で禁じられている事前面接を原告のSEや他の作業者に対して行っていること、作業実績報告書によりSEや他の作業者の作業時間を監視・記録していたこと、作業者に対し確認書の作成や提出を指示していたこと、これらが全て常態化していたことから、労働者派遣法等の規制を免れる目的があった。

裁判所の判断

 労働者派遣法など法の規定を「免れる目的」があったとはいえない。(「偽装請負等」ではないので、直接雇用の申込みはみなされない。)

  • 作業者に対する指揮命令と業務委託・請負における注文者の指図との区別は困難な場合があること、ハンプテイ商会は過去に労働基準監督署ないし労働局から個別の指導を受けたこともなかったことを踏まえると、労働者派遣法など法の規定を「免れる目的」があったとするには無理がある。
  • ハンプテイ商会とAQ社の業務委託契約には、一切の指揮命令はAQ社が行うこと、両者の間には労働者派遣関係がないことが記載されているが、この記載は、発注者ハンプテイ商会による作業者への指揮命令があれば労働者派遣の役務提供となるという一般的な理解を示すものであり、作業者に対する指揮命令と業務委託・請負における注文者の指図との区別を適切に判断できていたことを示すものではなく、この記載をもって「免れる目的」とはいえない。
  • ハンプテイ商会が、業務を発注する前に原告SEら外部の開発作業者との面接を行っていたが、ハンプテイ商会は、面接した開発作業者により当初から労働者派遣の役務の提供を受ける意図を有していたとはいえないから、これが労働者派遣法の禁止行為に当たるとはいえない。
    また、システム開発には技能が必要であるため、発注に当たり、発注先が当該システム開発のため必要な技能を持っているか判断する一助として、発注先の開発作業者と面接を行う場合もあると考えられるから、面接を行ったという事実をもって、業務委託や請負ではないということはできず、「免れる目的」があるとまではいえない。

原告のSEは、ハンプテイ商会からの労働契約みなし申込みの承諾をし、直接雇用の契約が成立したのか

原告SEの主張

  • ハンプテイ商会から労働契約みなし申込みがされた日から1年以内に、SEは承諾の意思表示をしており、直接雇用の契約が成立している。

裁判所の判断

  • この争点について直接の判断をしていない。
    ハンプテイ商会の脱法目的を否定し偽装請負等ではないと判断したことから、直接雇用の契約は成立していないとしている。

判決文から読み取れるポイント

 この裁判例は、「労働者性」の判断と「偽装請負等」の判断を行っています。「偽装請負等」というためには、まず原告SEと「業務委託」をしていたAQ社とが「雇用関係」になければ労働者派遣にならないからです。
 また、請負か労働者派遣かの判断に厚生労働省が公表している基準を使用したことは、東リの偽装請負事件と同じで、この基準は今後も裁判上において判断の基準として使われる可能性が高いといえます。

 今回のケースでは、「偽装請負等」まで認められなかったので発注者のハンプテイ商会との雇用契約には至りませんでしたが、もともと業務委託契約を結んでいたAQ社との雇用契約は認められたので、AQ社から未払賃金として業務委託契約の解除による損失相当分額と慰謝料が認められました。
 IT業界ではこのような業務委託契約が多くみられるので、この判例を基に現在の契約方法が実態に合っているのか、改めて慎重に検討すべきではないでしょうか。